日本語を身につけるときの最難関といえば、「漢字」。程度の差こそあれ、日本でも海外でも国語力をつけるためには、漢字は避けて通れません。例えば、日本では幼稚園児でも「開」は「ひらく」、「閉」は「しまる」だと知っています。エレベーターに乗る度に見る漢字ですし、ボタンを押すとドアが自動で開閉するなんて、幼児にとっては興味津々ですから、どういう意味の漢字なのかをあっという間に覚えてしまいます。
では、漢字を頻繁にみる環境を作れば漢字を覚えることができるのでしょうか。
答えは「No」です。ただ単に環境を整えるだけでよいなら、日本に住んでいる子はみんな漢字が得意なはず。もちろん、環境は大切です。けれども、環境を整えるだけでは漢字を身につけることはできません。
ここでは、漢字を身につけるために私が家庭で取り入れていたこと、そして国語の指導者としての漢字を覚える上で大切なことを紹介します。
太郎次郎社の「漢字かるた」で漢字そのものが持つ意味を知る
(現在実家に「幼稚園かんじカルタ」を置いていて手元にないため、「101漢字カルタ」の写真をアップロードしました。「幼稚園かんじカルタ」はこの中から入門期の漢字50個をピックアップしたもので、札も大きめです。)
なんといっても、一押しは「漢字カルタ」。子どもはゲームが大好き。もちろんカルタ遊びもゲームの一つ。幼稚園時代に子ども達が取り組んだのが、この太郎次郎社の「幼稚園かんじカルタ」です。
「幼稚園かんじカルタ」は、象形文字(物の形をかたどってできた漢字のこと。以下の図のように「大」のほか、「木」「川」「月」など小1で習う漢字の多くは象形文字。)を中心に、入門期の漢字50個でできています。
この漢字カルタの優れているところは、読み札を読むと、漢字の形をイメージできるところ。また、取り札には、現在使われている漢字のほかに、古代文字(絵文字)も書かれているため、絵→古代文字→漢字と変化していく様子を視覚的にとらえることができます。つまり、カルタ遊びをするだけで、漢字の成り立ちと漢字の字形を一緒に結び付けて覚えることができるのです。
幼児期からこのカルタ遊びをしていた我が家の子ども達は、書くことはできないものの小学校に入る前から1年生で習う漢字のほとんどを読むことができるようになっていました。
漢字を覚えるとは、漢字を書けることではない
私が小学生のころ、漢字の勉強といえば、「ノートに10回書く」とか「漢字は手で覚える」「書けば書くほど定着する」などと思われていました。もちろん書くことは大切ですし、ある程度書かないと覚えられないのも事実です。
けれども、これには前提条件があります。それは、その漢字を読めること、そして、その漢字や漢字を使ってできている言葉の意味を知っているということ。
例えば、「国」という漢字。「くに」という読み方を知っていて、「日本」や「中国」「アメリカ」が「国」であることを知らねばなりません。そこで初めて「国」という漢字は「王様が中にいて、その王様を壁で囲んだ場所のこと」だという意味と「王」と「くにがまえ」が一緒になった字形であることを結び付け、漢字を書くことができるのです。
もちろん、「国」という漢字を10回ぐらい書けば字形を覚えることはできるでしょう。けれども、意味を知らずに形だけを覚えた漢字は定着が難しく、努力して覚えたとしても、すぐに忘れてしまいます。また、どんなにがんばっても意味を知らない漢字を覚えるのは500字が限界といわれています。「努力しても実りなし」のこんなやり方を強要すれば、立派な漢字ぎらいを作るだけです。
漢字がよくできる子は、例外なく漢字の成り立ちを知り、「国」の「言語」だから「国語」、「国」の「外」にある国だから「外国」というように、意味やまとまりで漢字や言葉を覚えています。ですから、覚えるのも容易でどんどん吸収していくことができるのです。
「漢字を覚える=字形をとらえて書くこと」ではありません。「形・音・義」と言って、「字形・読み方・意味や成り立ち」が結びついて初めて漢字を覚えたと言えるのです。
つまり漢字を覚えるためには、①語彙を増やすこと、そして②漢字そのものの成り立ちや意味を覚えることが大切。そのためにも、先に紹介した「漢字カルタ」は、遊びながら漢字の意味と字形を覚えることができる最強ツールといえるでしょう。
「ひらがな」VS「漢字」、難しいのはどっち?
なんとなく大人は子どもに文字を教えるとき、「ひらがな」→「カタカナ」→「漢字」の順番でなければならないと思っていませんか。「ひらがな」より「漢字」の方が難しいとか、「ひらがな」を書けない子に「漢字」を教えるなんて無理、といった考えを持っている人がいるかもしれません。けれども、そもそも文字を知らない子どもにとっては、これらを区別することはできません。
下の図1をご覧ください。「山」という「漢字」から実際の山を想像することはできますが、「やま」という「ひらがな」から実際の山を想像することはできません。
それもそのはず。図2のように「ひらがな」や「カタカナ」は漢字を扱いやすくするために、漢字を簡素化したり、漢字の一部だけを記したりしたもので、全く意味を持たないからです。
6歳ぐらいまでの子どもは、左脳よりも右脳が発達しているため、イメージや絵を写真のように瞬間的に頭の中に記憶することが得意です。ですから、象形文字(絵文字)からできた漢字と山を頭にイメージすることは簡単なことで、実は、幼児にとって漢字はひらがなより易しいといわれています。実際に、「九」という漢字と「鳩」という漢字では、鳥の形をイメージしやすい「鳩」の方が幼児の記憶に残りやすかったという実験結果が出ています。
このように、「漢字は、ひらがなやカタカナが書けるようになってから」と考えるのは、大人の発想であり、幼児にとってはむしろ漢字の方が覚えやすいのです。石井式漢字教育を提唱されている石井勲先生によると、小学校に入ってから漢字を学ぶのでは遅いとか。ぜひ、幼児期から意識して毎日の生活の中に漢字を取り入れてください。以下、ご参考までに石井先生の著書、漢字絵本等をご紹介します。
多くの絵本は、ひらがなで書かれています。けれども、石井勲先生の「石井式国語教育研究会」では、漢字で書かれた絵本を購入することができます。ご興味がある方は、こちらから。石井式漢字教育について詳しく知りたい方は、こちら。
持ち物に名前を書くときは、漢字で書こう
多くの子どもが初めに覚える漢字は、自分の名前の漢字と言います。次に、家族の名前、そして幼稚園の友達という順番。
自分の名前や家族の名前を漢字で書けることは、子どもにとって誇らしいことです。幼稚園のお友達の名前を見る機会は多く、また毎日遊ぶお友達の名前は、当然覚えたい。だから、子ども達は自分の名前→家族の名前→友達の名前の順番で漢字を書けるようになっていきます。
幼稚園でも学校でも自分の持ち物にはすべて名前を書かねばなりません。我が家では持ち物に名前を書くときは、漢字で書いていました。(ドイツの幼稚園では、まあ仕方なくアルファベットを使っていましたが。)何度も見る自分の名前。せっかくの機会ですから、漢字を使うとよいのではないでしょうか。
「オタク」のすすめ
日本には漢字があふれています。子ども達の好きから漢字学習につなげましょう。
漢検1級に小学校6年生で合格したA君は、小学校に入ったころから生活の中で触れる漢字すべてを読み上げていたとか。例えば、お出かけ時に見かける看板などはもちろんのこと、買い物をした肉や魚の賞味期限から、食品に入っているものや成分に至るまで読んでいたそうです。
野球が大好き、巨人ファンのBさんは、野球選手の名前をすべて覚え、そこから漢字を学んだとか。
相撲好きのC君も同じ。力士の名前はもちろんのこと相撲の歴史、技、各場所情報などを調べるうちに漢字を学んだとか。
電車オタクのD君は、山手線の停車駅だけでなく、新幹線「のぞみ」や「ひかり」の停車駅、各地の路面電車に至るまでとてもよく知っています。
子どもは自分の好きなものであれば、時間を忘れて没頭します。その没頭ぶりは、並の大人ではマネができないほど。子ども達の興味を伸ばして立派なオタクを育て、そこから漢字学習につなげてはいかがでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
漢字は、字形だけを覚えても定着に結び付けることはできません。「形音義」が結びついてこそ、初めて漢字を覚えることができるのです。そのためには、語彙を増やし、漢字を覚えるときは、成り立ちや漢字そのものが持つ意味と一緒に覚えていくとよいでしょう。太郎次郎社の「漢字カルタ」遊びをすれば、無理なく漢字の形と意味を覚えることができます。
日本には漢字があふれています。けれども、「幼児だからひらがなから学習せねば」「まだ漢字を知らないから、ひらがなで書かれたものでなければならない」と、せっかくの漢字に触れる機会を制限してしまっては残念です。また、適切な働きかけがなければ、子ども達は、身の回りにある漢字に気づかないで生活してしまいます。子どもの興味を伸ばす、持ち物の名前を漢字で書く、漢字絵本で読み聞かせをする、漢字カルタ遊びをするなど、親のちょっとした働きかけで子ども達の毎日の生活の中に漢字を取り入れることができるのです。