海外でバイリンガルを目指すなら、日本語を育てる!
夫の海外赴任のため、家族でドイツに住みます。子どもはインターナショナルスクールに通わせる予定。だから、きっとバイリンガルになるはず!
お子さんをバイリンガルに育てるためには、今まで以上に日本語学習に力を入れてくださいね。
えっ、どうして。うちの子の日本語は完璧ですけど。だから、英語をやった方がいいのでは?
英語を伸ばそうと思ったら、家庭でできることは、日本語をしっかりと育てることです。
2年や3年といった限られた期間の海外赴任の場合、「せっかくの機会だから子どもに英語の力をつけさせたい。」「子どもをバイリンガルに育てよう。」と考える方が多いのではないでしょうか。でも、日本人だから日本語が自然にできるわけではありませんし、現地に行けば英語を自然に覚えるわけでもありません。その背景には、両言語をバランスよく育てるための適切な働きかけがいるのです。そして、バイリンガル教育において、もっとも大切なのは、実は母語教育(日本語教育)なのです。
母語って一体なんですか?
母語というのは、子どもが初めて覚えた言葉で今でも使える言葉のこと。
- 「母国語」とは、自分が国籍を持つ母国の言葉。
日本国籍を有する人ならば、全く日本語が話せない人でも母国語は日本語になります。 - 「母語」は、初めて覚えた言葉。
たとえ日本人であっても、アメリカに生まれ英語で育てられた場合、母語は英語になります。ドイツに生まれドイツ語で育てられた場合、ドイツ語になります。
会話力と学習言語力
言葉の力には、2種類あります。一つは会話力。そして、もう一つが学習言語力です。日本の子どもの場合、幼児期に母語の基礎ができあがり、日常生活に必要な会話ができるようになります。そして、小学校低学年で読み書きを学び、10歳ごろになると言葉を使って抽象的に考えるようになり、学習言語力が育っていきます。
ところが、この学習言語力が十分に育っていない小学校の段階で、学習言語が日本語から英語になった場合、どうなるでしょうか。
例えば、6歳で海外に行き、現地の学校に通うと2年ぐらいで日常的な英語を身につけることができるでしょう。けれども、学習言語力を身につけるには、5年から10年ぐらいかかると言われています。その間、日本語学習をやめてしまった場合、その子の日本語の力は6歳のままでストップしてしまいます。つまり、日本語でも英語でも学習言語力が育っていない状態になってしまうのです。当然ながら、現地校の学習は学年を経るごとにどんどん難しくなっていき、結果的に日本語でも英語でも学年相応の力を身につけることができなくなってしまいます。
ですから、日本人のお父さんお母さんが、子どもをバイリンガルに育てたいと思った場合、家庭では「母語」である「日本語」を大切にし、学習言語力を育ててあげねばなりません。そして、日本語を育てることが、英語を育てることにつながっていくのです。
カミンズの氷山説
英語と日本語って全然似ていないけど、日本語を育てたら英語ができるようになるの?
はい。日本語でどれだけしっかりと土台を築くかが、第2・第3言語の習得に大きく影響します。
次の絵をご覧ください。
これは、バイリンガル理論の研究者、ジム・カミンズにより提唱されたもので、「2言語バランス説」と「2言語共有説」をイラストで表したもの。
2言語バランス説
昔は、2つの言葉を同時に育てるのは無理だと考えられていました。人間の脳には許容量があり、「言葉1」の風船を膨らませると、どうしても、もう一方の「言葉2」はしぼんでしまいます。それぞれの言語の知識や能力はバラバラに機能していて、「言葉2」が「言葉1」の習得を妨げるという考え方。これが、2言語バランス説です。
2言語共有説(氷山説)
ところが、最近は2つの言葉には共有面があり、互いに関係していることが明らかになってきました。文字や発音など表面的には異なる部分があり、それぞれが別個のチャネルを持っているものの、深いところはつながっているという考え方。これが、2言語共有説です。この2言語共有説は、氷山説とも言われます。
海面に出ている2つの氷山は離れて見えていますが、実は海の下ではつながっています。そして、海の下にある共有面は、どちらの言葉であっても育てることができるという考え方です。
この土台となる共有面をできるだけ強固に大きく築くことが、2つの山をより高く、より安定感のある山にします。つまり、母語である日本語をしっかりと育てることが日本語だけでなくドイツ語の上達にもつながっていくのです。
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「ドイツ語の本を読み聞かせてほしい」に対してやったこと
三男が現地校の小3の学習につまずいたことがありました。現地校の担任から「しばらく日本語学習はやめてドイツ語の支援に力を入れてほしい。ドイツ語で本を読み聞かせてほしい。」と言われたのです。
私の経験上、担任の先生ご自身がモノリンガル(一つの言語で育つ)で育ち、バイリンガル教育についての知識を持たない場合、このようなことを言われる場合がよくあります。海外でお子さんを育てている人の中にも、現地校の先生から同じようなことを言われた経験があるかもしれませんね。
それで、三男さんには、ドイツ語で本を読んであげたのですか。
いいえ、ドイツ語の本は1冊も読みませんでした。それでも、1か月後に「もう大丈夫」と言われましたよ。
えっ、どうして?一体何をしたのですか。
日本語の本を読み聞かせました。三男にドイツ語の本を読んであげたことは一度もありません。
ドイツ語につまずいたのは、母語である日本語が弱いためだとすぐに分かりました。長男、次男の幼児期は、十分な読み聞かせ時間を確保してきたものの、三男まではなかなか手が回らなかったことを後悔しつつ、その日から毎日三男に1時間の読み聞かせを続けたのです。すると、わずか1か月後に「もう大丈夫。毎日ドイツ語の本を読んでくれたのね。」と担任の先生から声をかけられました。さらには、日本語補習校の当時の担任からも「この1か月で日本語が飛躍的に伸びた。」と言われたのです。
このように、母語を伸ばすことで、結果的には母語だけでなくドイツ語を伸ばすことができるのです。
まとめ「バイリンガルを育てるには、母語の確立を」
いかがでしたでしょうか。このように、第2言語を育てようと思ったら、まずは母語である日本語をしっかりと身につけ、学習言語にまで高めることが大切です。そうすれば、親が英語やドイツ語を教えなくても、子どもは現地校の学習の中で、必ず自ら学習言語としての英語やドイツ語を身につけていくことができるのです。
子どもが100人いれば、100通りのバイリンガル子育てがある
ここでは、6歳で海外の現地校に入った場合や、ドイツ生まれの我が子の例を紹介しましたが、「バイリンガル子育て」と一言で言っても、子どもの年齢や赴任場所、滞在年数、国際結婚の場合など各家庭によって、その方法はさまざまです。100人子どもがいれば、100通りの方法があり、どれ一つとっても同じではありません。日本語が大切だとわかっていても、ドイツ人のご主人の家族と同居している場合、家庭内のドイツ語の比重が高くなることもあるでしょう。
2つの言語を身につけるには長い時間がかかります。シーソーのように、日本語に傾いたり、英語やドイツ語に傾いたりしながら、身につけていくのです。その過程では言葉では表せないほどの親子の葛藤や苦しみがあるかもしれません。
日本語だけでなく、英語やドイツ語も話せるバイリンガルやトリリンガルとして育つことは、素晴らしいことです。その一方で、一つの言葉しか話せないけれど、親からの愛情を受け、感性豊かな一人前の大人に育つことも幸せなことです。「家族にとって何が一番大切なのか」を考え、ずっと2つの言葉と付き合っていければよいなと願っています。